2013年4月18日木曜日

kesennuma 第18共徳丸

4月11日、休みを利用して気仙沼と陸前高田に行ってきた


街の船着き場にあるオブジェ


そのすぐ後ろには壊れたままの船着き場


まるでアトラクションかのごとく傾いたまま


海を見ながら“蕾”を聴いていた


街には未だヘドロの臭いが立ち込める




屋台村



市街から離れ造船場のある港へ行った

ここは神社があった丘。右側が造船場


修復途中の家


普段は静かな町並み

波の音すら聞こえない


基礎だけを残して津波は去った




僕の立ったこの場所も津波の下になったようだ



みなと町の様子











残された浴室





当時のままの状態だった




少し車を停めて住宅街があった方を歩いてみた

そこで三軒のまとまった家を見つけた

正直煙たがられるのを覚悟に思い切って挨拶をした

すると期待とは裏腹に笑顔で色々な話を聞かせてくれた





泥をかき出すのに10人がかりで丸10日かかったそうだ

予定では震災があった次の日に家族で写真を撮りに行く予定だった

お金を準備して台所にある棚に入れておいた


地震が起きて間もなく辺りでは火事が見られた
 
最後に聞いたニュースでは津波予測は6mだった

津波が見えたときもうすでに逃げられないと思いみんなで屋根に上った

数日後、二階の窓には小魚が突き刺さり日干しになっていた

そう笑いながら話してくれた



周りに家がなくなった今、とにかく静かな毎日だと言っていた







そこからモニュメントのある鹿折唐桑駅周辺を歩いた

津波が一つの丘を削っていった






沢山の住宅や企業があったのだろう





まだ片づけられていないものが沢山転がっていた










鹿折唐桑駅があった駅


今は走っていない







ここから見る街はどんなだったのだろうか




この日は快晴

沢山の絵描きやカメラマンが訪れていた














想像以上の大きさのモニュメントだった

解体が決まった第18共徳丸

複雑な思いの中市民は今も震災と闘っている






0 件のコメント:

コメントを投稿